まず、自分のために歌うのを止めました。
彼女は言っている。「それまでの20年あまり、私はスタジオミュージシャンの松木美音として音楽を仕事とし、物質的にはすべて望むものを手に入れ、なんでも達成してきたかのようでした。でも満たされていませんでした。『世界にひとりしかいない、私にしかできないことを一生かけてやろう。人生を歌で表現し、自分をお伝えしていこう』と決心した時、ソロシンガーとしてのミネハハが生まれました。
もちろん不安はありました。持っているものを手放すのは怖いものです。今までスタジオミュージシャンとして培ってきたものも、経済的な基盤も含めて捨て去っていくのですから・・・。
でも、気づいたのです。手放せば手放すほど空になった自分の中に入ってくるものが大きいことを。
以前、ひとりでアフリカを3ヶ月旅したことがあります。バケツ1杯で体から顔、頭、歯、すべて洗います。日本の戦後間もない頃のような物質のない生活を体験したような気分でした。その時、『口に入るものと、雨風をしのげる屋根さえあれば生きていける』と気づき、それから私の中のすべての価値観がガラっと変わりました。
まず、自分のために歌うのを止めました。 誰のためにというわけでもなく、『ただ、歌わせていただいています』という感じです。『生かされたのだから、生かしきりましょう』という地点に立った時、人々の心の深い琴線に触れることがわかったのです」と・・・・・・。
その彼女の透明感あふれる歌声は、人々の心に響き、私たちが忘れかけていた「愛」、「やさしさ」、「思いやりの心」を感動とともに思い出させてくれることでしょう。 "水の妖精"ミネハハの歌声は、今や全国各地でたくさんのファンを集め、今世紀末、彼女の歌は新星のごとく輝きを増し、ゆっくりと地球を癒していくことでしょう。
MINEHAHA(ミネハハ) -経歴-
清泉小学校、清泉女学院中学・高等学校卒業、フェリス女子短期大学音楽学部声楽科 卒業。 8歳で合唱団に入団。音楽の基礎をフェリス女子短期大学音楽学部声楽科で学ぶ。
ヴォーカリストとしてSOUL,R&B,JAZZ,ROCKなどの様々なジャンルの音楽をDISCO、ナイトクラブ、ライブハウスのステージで歌ってきた。1974年頃からスタジオミュージシャンのコーラス・ヴォーカルパートで3000曲以上のCMソングを歌い、「CMソングの女王」としての地位を築く。
20余年の商業音楽にピリオドを打ち、1994年、ソロシンガー「MINEHAHA」(ミネハハ)としてデビューコンサートを奄美大島で行う。MINEHAHAの名は、ネイティヴアメリカンに由来し、MINEは水、HAHAは微笑みを意味する。
2006年のインド旅行をきっかけに2007年からインドでの教育ボランティア活動をスタートし、活動の場を海 外にも広げる。2008年9月、ネイティヴアメリカンの聖地デヴィルスタワーにてMINEHAHAの名を正式に授与される。太陽を父に、地球を母として、生きとし生けるすべての命をひとつに繋ぐ水。その力と働きを"歌"にと願い名づけられた。
歌うことは生きること、生きることは歌うこと。その活動は国を越え、民族を越え、時を超え、たくさんの命と共鳴の輪を広げている。
日本全国、年間70本以上のコンサートを展開中!
-21世紀の目標-
一瞬一瞬を自分らしく生きる
-尊敬する人物-
自然界の中の一部である人間としての自覚を持ちながら、ごく普通に喜びを持って暮らしている人。
-最近感動したこと-
家の周りのうぐいすの歌声
-自己分析-
たかが人間、されど人間
-血液型-
AB型
-特技-
料理、竹の子掘り、(ダ)ジャレ、歌
-趣味-
パンづくり、旅、世界中の織り物・染め物のコレクション
MINEHAHA(ミネハハ) CMヒストリー
- ◇トヨタ・スープラ
- ◇ワイドハイター
- ◇グリコ
- ◇JR東海
- ◇JR西日本
- ◇日本テレコム
- ◇ソニーウォークマン
- ◇ギャッツビー
- ◇プリマ
- ◇ハウスコンビッツ
- ◇人形の久月
- ◇イオナ
- ◇カルビー
- ◇TOTO
- ◇アセス
- ◇ドモホルンリンクル
- ◇ポンジュース
- ◇TBC
- ◇サッポ□一番
- ◇ソフランS
- ◇花王ハイター
- ◇マルコメミソ
- ◇日本生命
- ◇マクドナルド
- ◇0088
- ◇横綱画王
- ◇サンワシャッター
- ◇不二家雛祭り
- ◇チャームナップミニ
- ◇パールライス
- ◇ヴィクトリア
- ◇全日空
- ◇明治製菓
- ◇九州電力
- ◇石丸電気
- ◇ブルボン
- ◇カメラのさくらや
- ◇小学館マミィ
- ◇KFC
- ◇ヤクルト
- ◇旭化成
- ◇タイガー
- ◇郵便貯金
- ◇NEC
他多数







