誰より愛しい人

1.誰より愛しい人 
作詞 いとうゆうこ 作曲アンドレ・ギャニオン
2.美しい朝 
作詞 いとうゆうこ 作曲アンドレ・ギャニオン

Producer:星勝&金子章平
MixingEngineer:大川正義(Tr1,2)
RecordingEngineer:大川正義(Tr1)
RecordingEngineer:浜田純伸(Tr1)
RecordingEngineer:東野克、佐野昌秀(Tr2)(CYARA Music STUDIO)
RecordingAssistantEngineer:渡辺佳志行(VictorStudio)
MixingAssistantEngineer:矢作寿江(STUDIO Z'd)
MasteringEngineer:小鐵徹(JVC Mastering Center)

RecordingStudio:Victor Studio,CYARA Music STUDIO,STUDIO ION
MixingStudio:STUDIO Z'd
MasteringStudio:JVC Mastering Center

誰より愛しい人(めぐり逢い)
Pf:飯田俊明
Strings:篠崎正嗣ストリングス

美しい朝
Keybords&Synth:飯田俊明
E.Bass:後藤次利
Balalayka:西川進



この作品に寄せて、アメリカ、セドナ在住の秋草ナナさんより素敵な言葉を頂きました。


はは
地球の愛をあなたに…

今、ここに、母なる地球の愛を伝える歌い手がいる。その名はミネハハ。

ミネハハは、北米ラコタ族の首長の娘の名前であり、「ほほえむ水」と言う意味がありますが、 彼女の本名 美音 と 母 のイメージも重なります。 ミネハハは、美しい音で母なる地球の愛を伝えるものとして生まれた、そう言い切ってもいい。 それを人は、「運命」あるいは「宿命」と呼ぶのかもしれません。

ミネハハは、彼女の賜物である「うた」のひとつひとつに愛を込め、 ひとつひとつの言葉を、音を、やさしく、 まるで可愛い赤ちゃんを抱く母のようにいとおしみながら歌いあげる。

だからこそ、私たち、一人一人に、この世に生まれてきたことの喜びと感謝を感じさせることができるのです。 それは彼女の歌唱力だけから生まれるものではありません。

ミネハハの歌唱力は、私たちの魂の奥底に眠っている真実の愛を目覚めさせるための道具として、 天から彼女に与えられたものなのだ、と言わしめるようなものを感じさせます。

彼女の歌を表すのに、「ミネハハの歌は人の心に染み入り、魂を揺さぶる…」 などという平凡な言い回しは、その表面をかするに過ぎません。

私たちはそれぞれの運命の中で、自分が果たすべき使命があるはずだ、と模索しているはずです。 人と人との間で生きてこそ、私たちは人間となる。 自分のためだけじゃない、この世に自分が生を受けた意味がどこかにあるはず。 私たちは誰でも生涯をかけてその答えを心のどこかで求めているのではないでしょうか。

「私に何ができるでしょうか?」

ミネハハは、彼女自身がその意味を問い、全身全霊をかけて自分に与えられたものを使い切ろうとしている。 それがミネハハの歌であり、存在そのもの。 だからこそ、私たちはミネハハの歌を聴く時、自分の存在の意味を問われるのです。 たとえ、その人が意識的にそのことに気づかなかったとしても、その人の潜在意識の中に落ちてゆく。 そして、ミネハハの歌を聴いたあと、自分も夢に向かって歩んでいっていいんだ、 という勇気を与えられた感覚を持つ人がでてくるのです。

ミネハハがLOVE SONG を歌うとき、それは単なる男女の愛の歌に留まらない。

ミネハハが歌い上げるラブソングは、 命の賛歌として、私たちの細胞の内に宿る原始の海の水に溶け込んでゆく。 そして私たちの魂の海は、地球(はは)の愛に波立つ…。

かけがえのない 尊い いのち あなたは この地上で たったひとつの 美しい 存在

私たちは誰でも愛されている。 たとえひとりぼっちだと感じる時があったとしても、 あなたは母なる地球に命を持つものとして愛されている存在だからこそ、 ここに在る。

誰より愛しい人…

そう想われてあなたはここにいる。

陽だまりで抱かれるようなミネハハの歌声に包まれ、『誰より愛しい人』を聴いたとき、 私は溢れ出る涙を抑えることが出来ませんでした。言葉を大切に歌うからこそ、 歌詞にはない、ミネハハの心の声が生み出す波動(メッセージ)が、言葉を超えて伝わってくるのです。

言葉を越えるミネハハの歌声は、文化を越え、国境を越え、人々に感動をもたらす。

そのことを証明するような象徴的な出来事があります。

2006年2月。ミネハハはインドのブッダガヤで開かれた奉納記念式典『風の輪』において、 お釈迦様が座したといわれる菩提樹の木の元で「祈り~春よ」他数曲を独唱しました。 ミネハハはそのときの出来事を、ファンクラブのにこにこ通信にこのように記しています。

「私が菩提樹の前で歌っている間、不思議なことが起こりました。たくさん小鳥たちが樹に群がり始めるのです。 まるで参加者たちと一緒に歌をじっと聴いてくれるかのようで、私たちはなんとも言えぬ感動に溢れ、 それぞれに喜びを分かち合うことができたのです…」

そして、ミネハハの歌に感動の涙を流していた人々の中に、ディップとダルという二人のインド人青年たちがいました。 その後、彼らは仕事を求めて来日し、春から秋にかけて日本に滞在しました。 その間の7月、二人は東京と名古屋であったミネハハのコンサートに彼女を訪ねてやってきました。

彼らは決して裕福なわけではありません。 二人とも満足に学校に行くこともできないような環境で、それでも独学で日本語を学び、生活の糧を得てきたのです。 インドには未だにカーストという階級制度があり、二人はその狭間で同じように苦しみ生きてきました。

ブッダガヤの貧しい子供たちのために、無料で学べる学校を作りたい。

何度も死にかけて今日まで生かされてきた、そんな思いを共にし、魂を分けた友と呼べるような二人が思い描いた夢は、 いつしか、自分たちより恵まれない子供たちのための学校づくりへと向かいました。

その二人のインド人青年たちが、ミネハハに熱く語ったこと。

「ミネハハさんの声で、僕たちは初めて音楽に涙し、心の扉を開きました。 そして光とともに、やりたいことをやりなさい、勇気を出しなさい、と天の声が聞こえた。

ミネハハさん、僕たちに夢を実現するきっかけを与えてくれた MINEHAHA を学校の名前につけさせてください。

もし許してもらえたら、僕たちは自信を持って活動をスタートさせることができます。」

日本からインドに戻ったディップとダルの二人は、2006年秋、 早速、ブッダガヤ、カトロワ村に廃校となった建物を借りて、村の若者たち7人でプロジェクトを組みました。 84人の生徒を集め、読み書き、英会話、算数などイスもなにもない部屋でスタートさせたのです。

こうして、MINEHAHA HELPING FREE EDUCATION CENTER は始まりました。 そして、その開校式に参加したミネハハのメッセージは、インドの全国紙に写真入で報道されました。

ミネハハは開校式のスピーチの中で、ブッダガヤの菩提樹の前で歌ったときに出会った青年たちの想いを受け学校設立に至ったこと、 人間一人では何もできない、だからこそ、教育を受けられないような貧しい子供たちのための学校がスタートしたことを、 多くの人に知ってもらい、協力してもらいたいことなどを語ったあと、このように結んでいます。

「・・・子供ひとりひとりの心の中に夢を持ち続けてほしい! 世界でひとりの自分の役割と可能性に気づいてほしい! すべての命は平等であると私は確信しています。 私の国、今の日本はたくさんの子供たちを巻き込んだ犯罪が増えています。 戦後60年の歩みの中で失ってはいけないものを失い、祈りを忘れ、自分中心の考えが今の日本にしてしまった。 あなた達にぜひ、この素晴らしいインドの伝統と文化を引き継いでいってほしい!  この学校をまず成功させて、その喜びを日本に持って帰り、インドからこんなにも 私が幸せをもらったことを、日本の子供たちに分けてあげたいんです・・・」

人に愛を分かつためには、まず、自分がいかに愛されている存在であるかを知り、 自分をひとつの与えられた命として尊び愛するところから始めなくてはならない。

私たちはひとりじゃない。
愛し愛され生きている。

ミネハハは歌う。

この地上に愛の光を広げていくために・・・。

2007年2月7日 秋草 ナナ